大力の黒牛と貨物列車の話 3
- 公開日
- 2023/12/14
- 更新日
- 2023/12/14
6年生
(作 新美南吉 原文のまま表記)
機会はまもなくやってきた。
黒牛はアンジョウのステンショへ木材をひきにいくことになった。
牛は話にきいて、アンジョウの停車場では走ってきた陸蒸気(おかじょうき)がしばらく休憩することを知っていた。
突進してくる相手を敵しがたく思ったなら、相手がねそべってうつらうつらと休息している虚をついて、どてっ腹に風穴をあけるというてもあるのだと、そのころの牛としては頭のよい計画をひそかに胸にいだいて牛は二本木を出発したのだった。
牛はまだ陸蒸気について確とした観念をもっていなかったので、途中で二三度へまをやった。アンジョウの村に近くなったとき、向こうから黒い四角な、たちの高いものが人間につれられてやってきたのをみたとたん、彼はこれが音にきく陸蒸気だなと早合点し、これくらいの物ならすれちがいにおしたおすことができるという自信をいだいて、すでに地に近く頭までさげたのであった。
だが念のためたしかめておく必要があった。そこで彼は与(よ)ささあにたずねたのである。
「向こうからくるのはきっと陸蒸気というものにちがいないからして、自分があれをひっくり返すつもりであるがよろしいか。」
すると与ささあはつぎのように答えて牛を失望させた。
「何をうろたえてけつかるだあ。村長さんののってござる人力車がおいでたじゃねかっ。」
それからアンジョウの村の中にはいるとさらに牛はばからしいへまをやった。
玩具の風車を持って小さな子どもがのっている乳母車を陸蒸気と感ちがいしたのである。
これでみると、与ささあの黒牛は内心陸蒸気をひどくおそれ、しかもそれをひたかくしにかくそうとつとめるという、心理的錯乱状態にあったというのが至当だ。
牛は生まれてはじめてステンショというものをみた。
だが彼(かれ)はいま自分のつれられてきた建物が、音にきくアンジョウのステンショであると、すぐ認識することはできなかった。
何しろ牛は大して聡明ではない。
そのうえ、与ささあの黒牛はそのとき前述のような興奮状態にあったのである。
彼は漠然と、いつもとはかわったところにきたことを感じていたにすぎない。
黒い木の柵が長くつづき、その向こうにはこれまた長い鉄の棒が横たわっている。
こういうものもいつかどこかでみたことがあるような気もした。
ともかく、彼はぼんやりしながら柵のある箇所につながれていた。
まもなく牛は、右手の方がなんだかそうぞうしくなってくるのを感じた。
そっちをみると、線路の上に黒い牛みたいなものがあらわれ、腹の下から両側へまっしろな煙をはいていた。
はじめあまり大きくないと思ったが、みているとそれが、すばらしい速力でこちらへ走ってきて、またたく間に巨大な牛(と牛は思った)になった。
与ささあの黒牛は、かあっと頭に血が逆上するのを覚えた。
牛みたいなものにも、とっさの場合にはインスピレーションのような精神作用がはたらくとみえ、だれも説明してくれなかったが、この怪物こそうわさに高い陸蒸気であって、それ以外のなにものでもないということそして自分はとうていこの大牛にはかなわぬ、ということを確然とさとった。
怪牛は与ささあの黒牛のはらの中をみぬいているもののごとく、はげしく歯がみをしながら、まっしぐらに彼の方へ突進(とっしん)してくる。
ああ、このままじっとしているとやられてしまうぞと黒牛が思ったとたん、怪牛の方で、ヒューっというすごい吼声をあげた。吼声はするどく黒牛の体につきとおって、ぴょこんと彼をはねあがらせた。
(4 に続く)
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