何気ない毎日に思う
- 公開日
- 2021/05/19
- 更新日
- 2021/05/19
ギャラリー
分厚い物語を読み始める時、私は、必ずエンディングまでたどり着くことを決意する。というのも、一度読み始めたからには、最後まで読まずに終われない。ラストシーンにこそ、物語の本質が詰まっているからだ。
物語を読み進めると、決まってつきまとうのは、一抹の寂しさだ。物語のセクションが一つ、また一つと進むにつれて、本の残りページが少しずつ薄くなっていく。大切に読み進めた本ならば、終わりが見えてくると、一文字ずつ噛み締めるように読みたくなるものだ。でも、最初からそうではない。ワクワク感に駆り立てられ、次々にページを捲ることの方が多い序盤。その後、物語に入り込んで没頭するうちに、その本は自分にとって大切なものへと変わってくる。すると、途端に終わりがあるという当たり前のことが、意識の多くを占めるようになり、気になって仕方なくなる。その時にはもう、物語がずっと続いてほしいと思うようになっている。
さて、緊急事態宣言で修学旅行が延期となった。大変残念である。しかし、それと同時に、ほっとしている自分もいる。修学旅行を終えた日、きっと私は達成感よりも寂しさを感じるだろう。3年生と過ごす物語、その一つ一つを噛み締めたくなる段階に差し掛かっているのかも知れない。一つ楽しみが先送りされただけ。そう思うのは、自分勝手だろうか。本にすれば、明祥中で過ごす物語は間違いなく残り少ない。読み終えたページの方が、残りのページよりも間違いなく分厚くなっている。だから、延期された修学旅行が3年生にとっても、職員にとってもより素晴らしい思い出となるようにしたい。そして、毎日の中で描かれる物語を、一つ一つ大切にしていきたい。給食準備中に、感染予防を意識して静かに過ごす姿、Jアラートのテストで、何も言わなくても机の下に潜り、身を守る姿、授業中、真剣な表情で教科書と黒板を交互に見ながら、ノートにペンを走らせる姿、その何気ない一コマが大切だ。この物語には、どんなラストシーンが用意されているのだろう。最後まで目が離せない。寂しいが、楽しみである。
梅雨の雨雲を眺めながら、ふとそんなことを考える、学年主任の独り言。
長文、乱文、失礼しました。